鶴

終了した催事情報

「在地土器検討会−北武蔵のカワラケ−」・2002年1月19日〜1月20日、埼玉県立歴史資料館
(コメント)
・浅野晴樹(熊谷市教育委員会)「在地土器研究の現状から」
・荒川正夫(早稲田大学)「中世前期の在地土器」
・馬淵和雄(鎌倉考古学研究所)「鎌倉の在地土器との比較」
・宮瀧交二(さいたま文学館)「中世の物流からみた在地土器」

●第83回例会 2001年11月15日
「新宿区坂町遺跡−坂町遺跡からみる廃棄のあり方」小川祐司(新宿区遺跡調査会)
■発表の概要■
2001年1〜3月に行なわれた坂町遺跡調査の概要報告。御持組と御先手組にまたがる土地で、調査面積は約780m2。18世紀中葉〜幕末の資料が出土しているが、中心は18世紀後半。特に大型ごみ穴4号遺構は1770年代〜1780年代頃に特定される。同遺構だけで遺物量は約400箱に達しており、時間幅の狭さからみても、重要な資料となる。
●特別展『黎明のとき−飯能焼・原窯からの発信−』
 2001年10月14日(日)〜12月2日(日)、飯能市郷土館
● 明石町遺跡見学会
・2000年11月25/26日、中央区明石町1-6
●第78回例会
・2000年11月22日 江戸博学習室.有富由紀子「妙法寺祖師堂床下の経塚−経石からみた近世信仰形態−
● 汐留遺跡見学会
・2000年10月8日 (日)、仙台藩伊達家江戸屋敷の船入場、埋め立て施設等。最後の一般公開。
● 新宿区 行元寺跡 遺跡見学会
・2000年10月7日 (土)、新宿区神楽坂5-39(下記参照)
・江戸後期の本堂・観音堂跡を確認。弥生・平安の住居跡も検出。
● 新宿区 水野原遺跡 遺跡見学会
・2000年9月30日 (土) 、新宿区若松町4
・紀州徳川家の附家老 新宮藩水野家 下屋敷跡・尾張藩徳川家屋敷跡などに相当。大規模な地業・屋敷境・柵列・石垣など検出。水野家下屋敷では、御庭焼「三楽園焼」の製品・素焼・窯壁・窯道具などが出土。
●第77回例会
・2000年9月27日 江戸博学習室.小川 望・両角まり「武蔵村山市田口窯について−近現代の土器生産に関する考古学民俗学的様相
● 新宿区 行元寺 (ぎょうがんじ) 跡 遺跡見学会
集石 ・2000年7月29日 (土) 、新宿区神楽坂5-39 (地図)
・行元寺は明治40年に品川区西大崎に移転したが、伝承では9世紀前半に開基、伝世した観音像は14世紀頃の作。今回の主な調査区は江戸中期頃に「貸地」となった地点。礎石群、胞衣皿、便壷、井戸、貝殻地業、煉瓦地下壁など。遺物は17世紀〜19世紀まで幅広い。台地上だが、地下水位は高い。
本堂跡付近の近世包含層下には集石、その右下は中世と考えられる土坑

●第76回例会・2000年5月17日 江戸博学習室
近世城下町甲府の発掘調査について :志村憲一(甲府市教委)
 ┗概要:甲府城の整備・甲府城関係遺跡・山手御門跡・甲府城下町遺跡...
京都市内の近世遺跡−近年の発掘調査から:能芝 勉(京都市埋文)
 ┗概要:方広寺南門・伏見奉行所跡・町屋跡(御所南小学校・竹間小学校)・公家屋敷跡...
上州吉井の火打金と火打石 :大西雅広(群馬県埋文)
 ┗概要:上州吉井を中心とした火打金と火打石の基礎的な調査報告...

●第75回例会
・2000年5月17日 江戸博学習室.金子 智「岩本町二丁目遺跡の調査成果 −近世後半の町家の調査例−
■発表の概要■
千代田区「岩本町二丁目遺跡」の速報。近世初期は武家地(旗本→大名)であったが、1718年以降は町屋。東京低地に位置し、沖積層上に2m以上盛土されている。武家地段階の遺構は少ない。町屋段階以降は、木組の排水溝が、多くの作り替えを伴いながら平行に5列のまとまりとして認識され、短冊状の地割を彷佛とさせる。町屋段階の土層は、シルトでパックされた焼土層の互層を特徴とし、遺物の過半も焼土層出土。土蔵が数基検出され、鍛冶跡も特徴的。
●飯田町 (いいだまち) 遺跡見学会
旧平川護岸?・2000年4月15日 (土)、飯田橋3丁目、ホテルエドモント東側(地図)
・讃岐国高松藩十二万石上屋敷跡、御殿跡、池、約6000m2。前回調査は1993年→遺物はシニアワークに展示

▲造成された旧平川の護岸と思われる(北から)。左下には大量の瓦が廃棄されている。地表は主に19世紀代の松平邸(高松藩邸)。

●第74回例会
・2000年3月15日 江戸博学習室.原祐一「近世の亜鉛輸入と真鍮製造 −東京大学本郷構内遺跡出土キセルの材質分析から−
キセル ■発表の概要■
主に東京大学本郷構内遺跡の病棟地点SK03遺構(1683年以前)出土のキセルを中心に蛍光X線分析を、溶接部と一部の試料についてはPIXE分析(荷電粒子励起X線分析)も実施した。キセルは板材を鍛造し溶接したもので、大部分の亜鉛濃度は15〜25wt%を示し(腐食による亜鉛濃度減少の可能性も)、形態分類との相関性は示せなかった。文献調査においては、正徳年間大坂の「真鍮吹屋四軒」や、1636年以降の亜鉛輸入を確認した。真鍮材輸入は確認されていないので、17世紀代から真鍮の国内製造が行われていたとの結論に達した。
キセル ▲ 東大構内遺跡医学部附属病院病棟地点SK03出土キセル


●江戸遺跡研究会第13回大会「江戸と国元」
・2000年1月29日〜30日.●発表目次と資料集
●千代田区岩本町二丁目遺跡見学会
・2000年1月8日(土)、千代田区岩本町2-15-14(今川小学校跡地)
・町屋跡(長屋、土蔵、下水、火災)
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